フリースクール立ち上げの経緯(2)
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まさかの連続
私たち夫婦には2人の子どもがいます。
下の子どもは重症心身障がいを抱え、多くの医療的ケア(人工呼吸器、酸素、経管栄養など日常的に医療行為が必要なこと)が必要です。
現在の日本では、医療的ケアがあると預けられる保育園等は数少なく、医療的ケアの種類によっては断られることの方が多いです。
私たちも下の子どもの預け先がなく、また、入院も多かったため、妻は教員を退職しました。
単純にこの時点で世帯収入は半減します。
さらに、医療的ケアを必要とする子どもの多くは、夜中のケアも欠かせません。
私の子どもも夜中のケアを必要としています。
今でこそ夜中のケアは減りましたが、当時はほとんど寝られない日がしばしばあったほどです。
そんな日々が続きましたので、妻は体調を崩すことが多くなりました。
さらに、当時小学1年生だった上の子どもが、教室に入れなくなったのです。
長男は次第に学校に行くことを渋るようになり、段々と学校を遅刻するようになりました。
妻は何とか学校に連れて行く一方で、私は下の子どものケアのために仕事を遅刻する日々が続きました。
ただでさえ体調を崩すほどだった妻の負担をこれ以上増やすわけにはいかないという想いと、仕事を休むにも限度がある焦りから、気づけば上の子どもを強引に登校させるようになっていました。
当時の私には気づくことができませんでしたが、そのことが上の子どもを追い詰めてしまい、親の迷惑になっていると感じさせてしまったと思います。
休職する中で見つけた答え
その後、妻と一緒で別室なら学校で過ごすことができたので、いわゆる「付き添い登校」が始まります。
私は休職し、下の子どもを見ることとなりました。
見通しの立たない日々を過ごす中、私は仕事をどうすべきか考え、様々な方に相談し、出した答えがフリースクールでした。
フリースクールを始めようと決めたときから、不登校について調べていくと、思うように働けない親が多くいることがわかりました。
子どもがまだ小さい、不安が強い、といった理由から親から離れられない、子どものその日の調子によって予定を変えることが多い、など不登校特有の事情もあり、仕事が思うようにできません。
そこで、仕事ができない保護者の方向けに、仕事の支援ができないか模索しました。
クラウドファンディングなど、多くの方の支援を受けてできたのが「オリコスジョブサポート」です。
オリコスジョブサポートは、子どもが不登校でも育児と仕事の両立ができるように、フリースクール内で働くことができるよう環境を整え、仕事のスキル講座から仕事の提供、仕事のサポートまで行います。
主な仕事は動画編集で、今後も提供する仕事を増やしていけるよう計画しています。